岡山地方裁判所 昭和44年(ヨ)10号 決定 1969年4月21日
申請人
藤川万太郎
右申請代理人
寺田熊雄
外一名
被申請人
中鉄バス株式会社
右代表者
藤田正蔵
右被申請代理人
古田進
外一名
主文
一、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二、被申請人は申請人に対し、昭和四四年一月から本案判決確定に至るまで毎月二七日限り金六三、一八四円を支払え。
三、申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一申請の趣旨
申請人は、主文一、二項と同旨の仮処分命令を求めた。
第二当事者間に争いのない事実
(一) 被申請人はバス旅客運送業を営む株式会社(以下会社という。)であり、申請人は昭和二二年二月二六日以来会社の従業員として運転業務に携わつてきたところ、昭和四三年一一月七日申請人が岡山県吉備郡足守町粟井の町道においてバスを運行中、運転を誤まりバスを道路下の田圃へ横転せしめ乗客一名に負傷を負わせる結果を惹起した事故(いわゆる浮田転落事故)が契機となり、会社は過去における申請人の事故多発等をも理由に、申請人が就業規則三四条二項所定の「労働能力が著しく劣悪なもの」に該当するとして昭和四三年一二月二〇日解雇の意思表示(以下本件解雇という。)をなし、申請人の就労の申出を拒否している。
(二) 会社と申請人の加入している私鉄中国地方労働組合中鉄支部(以下組合という。)との間に締結されている労働協約九条は、「会社が組合員を解雇しようとするときは左の場合を除き予め組合と協議決定する。」とのいわゆる解雇協議約款を定め、なお同条六号は会社が右約款の適用を免れる場合の一つとして「労働能力劣悪のもの、但し第六号の認定基準について組合と協議する。」を挙げ、右認定基準に関しては会社と組合との間に「但書の認定基準とは具体的に会社よりこれに該当する旨の注意を二度受けなお改めない者の程度とする。」との覚書が取り交わされている。
本件解雇以前、会社は申請人に対して右労働協約九条六号の解雇基準に該当する旨の注意を与えたことはなく、また本件解雇は組合と協議決定を経ることなく行なわれた。
(三) 本件解雇に先立ち会社より申請人に対し他職種への配置転換命令もしくはその提案は行われなかつた。
第三申請理由の要旨
申請人は「本件解雇は以下の各理由により無効である」。
(1) 解雇協議約款違反
申請人は労働協約九条六号の解雇基準に該当する旨の注意を一回も受けておらずしたがつて本件解雇は会社が組合と協議決定することなく解雇できる場合にはあたらないのに、これがなされた点において労働協約九条に定める解雇協議約款に違反する。
(2) 解雇理由不存在又は解雇権濫用
会社により本件解雇の決定的理由とされた前記浮田転落事故はさしたる大事故とはいえず、右事故に関する申請人の責任率も極めて少ない(申請人は、右事故につき略式命令により罰金一万円に処せられたに過ぎない。)。さらに、申請人は入社以来十数回の事故は起してはいるものの、これらの事故はすべて結果軽微、過失も軽少な事案ばかりであるうえ、他の運転者にも申請人と同種同程度もしくは死傷事故などそれ以上の事故歴を有する者は多数存するにも拘らず、解雇されたことはなかつたことに照しても、いずれも申請人の運転能力欠如の理由とはなしえない。
また、申請人は勤続二一年、停年まであと一年四月余の従業員であるにも拘らず他職種への配転を何ら試みることなく、一挙に本件解雇を強行したことは解雇権の濫用というべきである。
(3) 不当労働行為
会社は昭和四二年六月組合分裂工作をはかり、第二組合たる中鉄バス労働組合を結成させ、以後陰に陽に第二組合育成政策を継続しているが、本件解雇は会社の執拗な勧誘にも拘らず組合からの脱退、第二組合への加入に応じなかつた申請人に対する報復措置として行なわれたものであるから、労働組合法七条一号の不当労働行為で無効である。」
と主張する。
第四当裁判所の判断
(一) 解雇協議約款違反について
被申請人は、労働協約九条六号および同号付属覚書の趣旨は同号により会社が組合と協議することなく解雇できる程の労働能力劣悪者とは如何なる者であるかを指摘しているに過ぎず、注意二回の有無を中心とする形式的基準を規律しているものではなく、したがつて申請人のように気質的欠陥に基づく改善の見込みのない事故多発者に対しては同号の解雇基準に該当する旨の注意二回が与えられていなくても、解雇協議約款違反にはならないと主張する。
疎明によれば、労働協約九条は会社が解雇協議約款の適用を免れる場合として、前記六号のほか、(1)停年に達したとき(一号)、(2)本人の希望によるとき(二号)、(3)懲戒解雇に該当したとき(三号)(4)休職期間が満了したとき(四号)、(5)組合の除命処分を受けたとき(五号)を定めていることが認められる。ところで、右各場合を通観してみると、一、二四、五号はすべて被申請人の裁量の加わる余地のない極めて明白な客観的、形式的基準を有しており、また三号の場合には、特に会社および組合からそれぞれ選ばれた各五名の委員をもつて構成される賞罰委員会の議を経た後社長がこれを行なう旨労働協約一〇条に定められていることが疎明により認められるのであつて、結局いやしくも裁量の余地を含む人事権に対する組合の関与の程度は可成り広汎に承認されているといわなければならない。右の如く、会社が組合と協議することなく組合員を解雇できるのは、会社、組合間の解雇基準の適用をめぐつて紛争を生じる余地の極めて少ない客観的、形式的条件を備えた場合に限定されている労働協約九条一号ないし五号の趣旨に照せば、右各号と併立的に規定されている同条六号に関する覚書の趣旨も、解雇基準たる労働能力劣悪に該当する旨の二回の注意が会社から該当者に対してなされることは、疾病などによりおよそ労働能力向上の期待可能性がなく、注意を与えるのは無意味であることが極めて明白である場合を除き同条六号の解雇をなすに当つて欠かせない要件であると解するのが相当である。本件の場合、仮に被申請人主張の如く、申請人には入社以来脱輪転落事故が多く、また本件解雇の直接的契機となつた前記浮田転落事故が申請人の脇見運転、路肩乗り入れによる重大過失に基因したとしても右各事故は一〇年以上の長期間内に生じたものであり、疎明によれば申請人は右事故と時期的に近接する昭和四一年度第二期、昭和四二年度第一期の各六カ月間無事故であつたことにより会社から表彰を受けているほか昭和三三年六月九日岡山県交通安全協会から多年無事故で交通安全保持に貢献したとして、また同四二年九月二二日会社から二〇年以上の長期勤続者として、それぞれ表彰されていることが認められるのであるから、少なくとも注意二回の要件が不要である程労働能力劣悪の程度が明白な場合であるとはいえず、また申請人が気質的欠陥に基づく運転不適格者であることを認めるに足りる的確な疎明も存しない(もつとも、疎明によれば、昭和四三年六月会社が行なつた安全運転指導器ポートクリニック、テストの結果、申請人は「反応緩慢にして要注意」の判定を下されているが、申請人と同様の判定結果を受けた運転者は被検者中半数近くを占めていることが認められるので、申請人が会社の運転者中取り立てて素質が劣悪であることの資料とはなし難い。)。
そうすると、本件解雇はこれに先立ち注意二回が行なわれておらず、したがつて労働協約九条六号にいう認定基準を満たすものではないから、結局組合と協議決定を要するにも拘らずこれがなされていない点において労働協約所定の解雇協議約款に違反するものといわなければならない。
(二) 解雇認定基準適用の相当性について
仮に本件解雇が解雇協議約款に違反しないとしても、右(一)に認定したように申請人が明白に労働能力劣悪であるとは断定できないうえ、疎明によれば、会社は従業員の年令が満五五才に達した年度の三月三一日付をもつて停年と定めており、一方申請人は昭和二二年二月二六日入社以来勤続二一年九月余、本件解雇当時満五四才三月余であつて、停年退職まで僅か一年三カ月余を残すのみであつたことが認められるから、このような永年勤続者たる従業員を敢て解雇するに際しては、これに先立ち現実に配置転換の試み或は配置転換の提案を行なうなどの配慮がなされたうえでなければ、本件解雇基準の適用は適正妥当なものとはいえないと解すべきである(疎明によれば、過去においても会社は疾病のため運転能力が著しく劣悪となつた運転者を整備員などへ配置転換を行なつたことのある事実が認められる。)。
右の点について、被申請人は、会社が申請人に対して整備員ないし事務員への配置転換措置を講じなかつたのは、(1)会社は現在企業合理化のため人員縮少を進めている途次で配転の余地にも限界があり、申請人は配転の対象となつた他の従業員と比較しても配転適応性に乏しく、(2)運転者から整備員ないし事務員へ配転された場合、賃金の減額に伴なう退職金支給額の大巾な低下を来たすことから、申請人自身も配転について全く関心を示さなかつた、ことの二つの理由によると主張する。しかし、(1)についてはこれを認めるべき疎明はなく、かえつて疎明によれば会社の車掌、整備員などの定員には未だ可成り余裕のあることならびに会社の昭和四二年度業績は必らずしも好調とはいえないがなお一、二〇〇万円余の利益を計上して八分配当を実施していることが認められ、また(2)についても会社が配置転換の提案を行なうことなく最初から本件解雇の措置に出た以上、申請人が配転の問題に関心を示さなかったのは当然であり、いずれも直ちに首肯しうる理由とはいえない。
そうすると、本件解雇にあたり会社のとった労働協約九条六号の解雇認定基準の適用には著しく相当性を欠き濫用にわたるものがあるといわざるを得ない。
以上のとおり、本件解雇はその手続面、実体面のいずれからみても瑕疵があり、不当労働行為の主張について判断するまでもなく無効なものというべきである。したがつて、申請人はなお被申請人の従業員たる地位を保有し、賃金請求権を有することとなる。
(三) 保全の必要性
申請人が本件解雇当時満五四才三月余で停年までの在勤期間は一年三月余に過ぎないことは前記のとおりであり、疎明によれば申請人は別段資産を有しない賃金労働者で本件解雇当時毎月二七日に六三、一八四円の賃金の支給を会社より受けていたが現在妻および大学もしくは高校に在学中の子三名を抱え、賃金の支払いを絶たれた結果その生活維持に著しく苦慮していることが認められる。
右の事実によれば申請人の求める仮処分はその必要性があるというべきであり、結局本件仮処分申請はすべて理由があるから保証を立てさせないでこれを認容し、申請費用については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(五十部一夫 金田智行 大沼容之)